損と嘘

観劇雑記/主にミュージカルのこととか書きます

スカーレットピンパーネル 2016

待ちに待ったスカピン東京凱旋公演、初日11/24ソワレを観劇してきました!

以下、感想です。(1回しか観れてませんので、記憶が曖昧な部分が多々ありますことご容赦を…)





▼初演ということ


紗幕にギロチンの影。静かな幕開きだったと思います。

宝塚版の、プァープァープァプァプァープァープァプァッ「貴族をころせー!」「ギロチンにかけちまえー!」っていう猛々しいプロローグが大好きだったのでちょっと拍子抜けしちゃったんですが、宝塚とは別モノなんだぞ!という宣告(?)を冒頭から感じました。いや実際、本当に宝塚とは印象がガラッと変わりましたね。


私が書くまでもないんですが、『スカーレット・ピンパーネル』という作品はこれまで何度か日本でも上演されています。

2008年に宝塚の星組(因みにこの星組版のパーシー役は、今年マルグリットを演じている安蘭けいさんですね)、2010年に同じく宝塚の月組、そして今年初めて宝塚以外の舞台で上演されているわけです。

※因みにですが、スカピンの原作小説『紅はこべ』がBWミュージカルになる(1997)以前に、宝塚では同名の作品『紅はこべ』が上演されているそうです。


いつも思うんですが、海外ミュージカルを輸入してきたときにどこを初演と呼ぶのかってどういう基準で決まるんでしょう。

主に小池潤色作品でありがちなのが、宝塚で上演→外部で上演というパターンですよね。でも、例えば1789なんかは2016年の春に帝劇で上演されたのが「日本初演」と打ち出されることが多く目についたんですね。つまり宝塚版の1789は一般的に「日本の」初演とはみなされていないわけです(あくまで私の皮膚感覚ですが)。

これってやっぱり、「ミュージカル」とは別個の文化として「宝塚」が認識されているというか、極端に言えば宝塚のミュージカル作品としての正統性があまり普遍的に認められてないってことなんじゃないかと思うんですよ。極端に言えばですが。

宝塚ってどうしてもアマチュア的匂いのする劇団ですし、そこが良くも悪くも味を出していると思うんです。これまで色んな人が宝塚について研究していてそれを読む度に宝塚の奥深さを感じるのですが、宝塚ってやっぱりすごく特異性のある文化で、興味深いなあと思います。




▼マダム・ギロチン


ショーヴランの歌う、マダム・ギロチンの曲が大好きだ。

1789を観た後なら尚更だと思いますが、革命を起こす側の気持ち、貴族を憎む気持ち、虐げられて来た弱者の気持ちが伝わって来ます。ショーヴランが意気揚々と貴族を処刑台送りにする様は残酷なものではありますが、ずーっと惨めな思いをしながら生きてきた人間が力を手にし復讐(ショーヴラン的には世直し?)に燃えるという文脈があると、たとえ作品中の役回りが敵役であれ彼に少なからず感情移入してしまう観客は多いのではないでしょうか。

私は宝塚版を見ていて、どちらかというとむしろパーシーよりショーヴランに感情移入してしまうくらいでした。


しかし今年のスカピンは、違った。

ショーヴランへの同情心を、処刑のグロテスクさが上回った。


「処刑」って首を斬る瞬間だけのことじゃないんです。革命政府から逃げ隠れて、見つかって、とっ捕まって、投獄されて、刻一刻と自分の名前が呼ばれるのを待つ…そして処刑台に登る。首を斬られる。その過程のグロテスクさが生々しく表現されていたように、私は感じました。宝塚版には無かったこの処刑に対する恐怖心が今年のスカピンを観ていて一番印象的で、革命政府まぢ無理…亡命しょ…という気持ちになったのです。


マダム・ギロチンのシーンでドゥトゥルネー侯爵(だっけ?)が家族もろとも処刑台に運ばれて来るわけですが、もう…悲惨なんですよね。妻も娘も貴族から一転、ズタボロな身なりで恐怖に顔を歪めているし、ギロチンの刃が降りるとマジで首がぽろっと落ちる(ここ本当にビックリした…)し、叫ぶし喚くし。

後半の場面でも、どこだか忘れたけど貴族のお嬢さんが革命政府に引き摺られて行ったり酷い光景がチラホラあったような気が。


…私、女子供が悲惨な目にあってる姿を見るのがほんっっっっっとうに苦手なんです。本当に辛い。スウィーニートッドのレイプシーンとかも見てられなかった。


あとはサンジュスト姉弟が投獄されるシーンですよね。名前が呼ばれると処刑台に送られるんですけど、収監された貴族たちにとってはもう自分の名前が次呼ばれるんじゃないかと気が気じゃないのですよね。地獄ですよ…もう…。


観に行くまでは結構お気楽系だと思っていたから(いや実際かなりお気楽なんだけど)、こういう切迫したシーンがあって驚きました…と書くとナメてんのかと思われそうですが。続く、マルグリットとアルマンが脱走して馬車を走らせるシーンも緊張感あってとっても良かったです。「パーシーが助けてくれるんだ!」そりゃあんだけ処刑台への恐怖心を肥大させられたあとなら若干狂ったようにもなるわ。安蘭さんと矢崎さんの掛け合いですが、二人とも取り乱してる様子がめちゃめちゃ上手くって、すごく魅入ってしまいました。矢崎さん、初めて拝見しましたがこの場面に限らずお芝居お上手だなあと思いました。




▼ピンパーネル団


それにしても、ピンパーネル団は揃いも揃ってイケメンばかりです。右を見ても左を見てもイケメン。イケメンパラダイスです。それも、顔の長いイケメンが多い←

 

なんだよも〜〜こんなに一度にイケメンを見られるのはピンパーネル団かジャニーズくらいですよ。ただでさえ珠玉の名曲揃いの豪華BWミュージカルに、”お気に入りのイケメンを見つけて愛でる(心の中で)”みたいなアイドル的付加価値まで投与しちゃっていいんですか?!アクキーとかブロマイドとか出しちゃっていいんですか?!消費者の需要踏まえまくりじゃないですか!!


どうでもいい情報ですが私の推し()は誰よりもお辞儀が美しいことで有名な上口耕平サンです。大好きなんです。顔は長くないけど←


…しかし、このイケメンだらけのピンパーネル団に1人だけおデブキャラをぶっこむなんて罪な制作だ。(でもむしろ一番目立っていたのは彼だったかも。)




▼男がオシャレで何故いけない


この曲でピンパーネル団はみんなヘンテコな仮装をすることになってますが、私としてはここの衣装を見るのがとても楽しかった。


特にパーシーの孔雀のドレス、すっごく素敵じゃないですか?悪趣味仕様に作られているのだとは思いますが、色・デザイン・素材ともにとっても好みで胸ときめきました。パーシーのドレスはANNA SUIのクリスマスコフレ限定ボックスに似ている。青い孔雀。良い!


他の皆さんも、それぞれ形も色も別々のお衣装を身にまとっていらして、もう違いを見比べているだけでヨダレが出るというもんです。やっぱりヅカオタってゴージャスなドレス好きなんですかね。1789とかもそうでしたが、衣装を見ているだけで楽しいのです。


ちなみにどの衣装も、後ろ姿は完全に女の子になりますね。麗しい。




ロベスピエール


宝塚と比べてばっかりで申し訳ないのですが、宝塚版に慣れ親しんだ者としてはどうしてもヅカ版との違いを探してしまうもので、観劇前に一番気になっていたのがロベスピエールというキャラクター像でした。


皆さんご承知の通り、宝塚版だとロベスピエールってほぼモブに近いんですね。とは言え、演じる役者さんはにしき愛さん(星組)・越乃リュウさん(月組)といったベテランのイケ渋上級生さんなのですが(個人的にはどちらのロベスピエールもすごくカッコよくて大好き)。


でも今回のスカピンって今押しも押されぬイケメン俳優さんたちがロベスピエール役に配役されてるじゃないですか!


これはもう、ロベスピエールがんがん出て来てバリバリ歌うに違いない、そう思っていたのですよ。


そしたら…予想に反して出番少なかった…(笑)


マダム・ギロチンでのショーヴランとのハモリ(個人的に好きなフレーズだった)も無いし、マダム・ギロチンのripriseに至っては場面自体無い(よね?)し、結局二幕冒頭にソロが一曲あるだけでちょっと物足りない感じはしました。


でもね、このソロがとっても良かったです。

私は平方さんの回しか観てない(というかスカピン自体1回しか観てない)のですが、いや、良かったですよ。

思い返してみると『サンセット大通り』『ダンス・オブ・ヴァンパイア』『スウィート・チャリティ』など意外と平方さんを拝見する機会は今まで多くて(当社比)、これまで何回か拝見しているのですが、見るたび魅力が増していってる気がします。平方さんは割と正統派好青年なイメージがありますが、ちょっと闇堕ちしてる権力者の役も良いなと思いました。曲自体も、歌声も、素敵でした。


そしてイケメンがやるロベスピエール、割と若いロベスピエールだからこそ、1789の延長線上にロベピッピが見えました。

私だけではないと思いますが、国王の処刑後彼がどのように冷酷な権力者へと変貌していったのか、何故こうなってしまったのか、考えさせられます。また別の文脈では、とっても悲しいお話なのです。


ロベピーがソロを終えた後一瞬にしてプリンス・オブ・ウェールズに早替わりするという演出にも、きっと何か深い意味があるのでしょう。(そうじゃなかったら意味がわからなすぎる)










感想は以上です!

意外と長くなりました。

読んでくださった方、ありがとうございます!!


また宝塚でやるらしいので、頑張ってチケットとりたいなあ。